桜は見ていた。 〜第2章〜

  • 2019.10.13 Sunday
  • 23:27

JUGEMテーマ:ひとりごと

 

 

時間は季節を繰り返し、

桜は何度も生まれ変わった。

そして春。

再び誇らしげに桜は花を咲かせ、

温かな水色の空気を背中に

道行く人の目を留めている。

力は中学校に上がり、

それまでの彼と別の人になってしまったと

女が呟くのを桜は聞いた。

 

「今日は学校、どうだった?」

「別に…。」

 

女は息子と会話がなくなってしまった寂しさを

夫に打ち明ける。

夫はただ笑って、

「成長している証拠。」と言い、

女の肩をポンと叩いて奥の間へ入っていった。

女はひとり、縁側でアルバムを開く。

 

桜の木と一緒に写った家族の写真。
女は幼かった息子の笑顔を眺めて涙ぐむ。

「もう、お母さんから卒業なのね。」

仕方がない、と涙をぬぐって桜の葉で作った自家製の紅茶を啜った。

ひとり、取り残されたような気持ちで友人に電話するのに、

なかなか出てくれない。

そういえばパート勤めを始めたと言っていたなと

諦めてスマホを置いた。

 

桜は自分を眺めながらぼんやりしている女を見つめ、

「ヒトリジャ、アリマセン。ココニ、ワタシガ、イマスヨ。」

と声をかけた。

女に通じたのか、桜があるから私はしあわせ、そう女は呟く。

桜は元気づけようと風の中を舞い散る花吹雪になった。

「きれいね…。」

女は写真に残さなかった。

ただただ、桜の美しさに目を奪われ、自分の心に桜吹雪を映すのだった。

 

桜はその後も生まれ変わり、女の家族を見つめていた。

力は進学校で有名な高校を卒業し、

地元にある有名な大学へ進学した。

英文学を専攻し、通訳者になる夢を抱いてトレーニングを積んでいるらしい力は、

一日中、勉強で、家族ともほとんど一緒に過ごさない。

夫は仕事で忙しく、女は黙って押し花をひとり、居間で作る。

力は話し相手にもなってくれない。

 

「家族なのに、皆、自分のことで終わる毎日ね。」と

夕食をとりながら女は言ってみた。

夫は静かに聞いていた。

「そのうち、力は家を出て働いて、私たち夫婦も年老いて、あなたが私に先立たれたりしてね。」

夫はやっと口を開いた。

「それは大変だ。」

「人生って、何なのかしらね。」と女は言う。

「何のために生きてるの?あなた。」

夫は笑って答えた。

「家があって、仕事があって、の繰り返しが僕の人生だよ。大変だけど、恵まれてるね。」

力は言う。

「ぼくは世界へ出ていくよ。可能性を信じたい。」

「そうね。」と女は言い、

「頑張りなさい。」と夫は言った。

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